∞∞ 新撰組の池田屋事件って ∞∞
先日テレビを見てますと
三条大橋西側から二つ目の南北擬宝珠に大きな傷が確認できます。何か鋭い刃物で付けたような傷です。思えば、この場所は新撰組が一躍勇名を馳せた池田屋事件の舞台と目と鼻の距離にあります。もしかすると池田屋を脱出した志士たちと新撰組が斬り合った時に付いた傷なのかも知れません。三条大橋を渡る時に、ちょっと目をやってみて、幕末の動乱に想像の翼を伸ばしてみてはいかがでしょう
なんてありましたから、つい気になり昨日京都まで幕末の歴史を訪ねました
京都と言えばまず 新撰組 を、またそれと同時に 池田屋事件 が思い浮かびます。
そんな池田屋事件があった場所を訪れてみました。
今でも池田屋って名前で料亭をやっておられる場所でしたのですぐにわかりました。
そこから目と鼻の先にある三条大橋の西側から二つ目、南北擬宝珠に何か鋭い刃物で付けたような大きな傷… なるほど確かにありました。
( 画像ではわかりにくいですが擬宝珠の黒い部分に切ったような深い傷が間違いなくありました。)
この事件、複雑すぎてわかりにくいのですが簡単に書きますと
江戸時代後期の元治元年6月5日(1864年7月8日)、京都三条木屋町の旅館池田屋で長州志士を中心に密談をしている尊皇攘夷派を、京都守護職配下の治安維持組織である近藤勇率いる新撰組が襲撃、二時間近くの激闘の末に、尊皇攘夷派を討ち取り、天下に新撰組の名を知らしめた事件。
http://www.youtube.com/watch?v=R2CtjndCOcE
この日は、久し振りに天気もよく10時過ぎに長浜をスタート
祇園、先斗町、料亭旅館幾松、池田屋、本能寺、八坂神社、知恩院、銀閣寺と歩き
納得のいく充実した1日でした。